松本大洋の世界

松本大洋の世界

松本大洋先生の新作が発刊されています。

松本作品の魅力や関連する作品に纏わる雑記。

松本大洋

僕たちの大好きな漫画家。解説は壱ノ盆(当ブログの主)の”鉄コン筋クリートの話“の玉稿に詳しい。

松本先生の絵は所謂ヘタウマ。誤解がないように言っときますが”上手い絵”と”良い絵”は必ずしもイコールではありません。

イラストや漫画 アニメなんかが好きで観ている人たちには釈迦に説法ですがそれを踏まえて先生の描く絵への賞賛の言葉が僕のつたない文章では筆舌に尽くしがたい。(←いや書けよ)

鉄コン筋クリートは原作もアニメも傑作ですがラストのカタルシスはやはり原作に軍配が上がります。

連載当時のバブル崩壊後のシラケムードのなかメジャー誌でオルタナティブな作風の漫画が多く掲載されていきました。

シュールなんて言葉もこの頃から使われ始めましたよね。

青年誌 (Back to 90s)

スピリッツやモーニングは当時よく買って読んでいました。この頃デビューの漫画家さんたち。土田世紀 山田芳裕 吉田戦車 山本直樹 吉本良明 すぎむらしんいち。夢中になりました。

共通していえるのはオルタナティブな作家性で雑な言い方をするとロックなところ。

バブル崩壊後のエンタメはプリミティブなものへの回帰や商業主義のカウンターであったりですがそれらがメジャーになる矛盾もあって脆弱なところもあるのは事実。

松本大洋の話にもどすと”鉄コン”のシロは80年代的なポップでお気楽な雰囲気を表しているとすれば現実に絶望するクロは90年代の若者の心境だったかもしれない。

イタチは牛頭人身の伝説の存在。牛頭の怪物は古来から戦争の象徴として登場します。

“くだん” やミノタウロス。

劇中クロやシロたち不良少年はネコと呼ばれています。オールドスクールなヤクザ鈴木はネズミ。

イタチはクロの容姿をしているので二面性でもありますがアニメ”ガンバの冒険”の白い大イタチ”ノロイ”にもイメージが重なります。

シロの無邪気故のアンコントローラブルな暴力そのものの投影がイタチなのかも。それの抑止力がクロ。そう見るとラストの見方も少し変わります。(個人の意見デス)

Sunny(Back to 70s)

親と暮らせない(いない)子供たちを預かる養護施設を舞台にした物語。

70年代の描写が世代的に重なり”思い出補正”で正しい評論ができないかもしれない。

松本先生もそのあたりは自覚的で美化しないように気をつけて描いたとおっしゃってました。

登場人物の心の中のセリフは拙く(静が頭の中で車の運転をシミュレーションしてるのは重要)各話の引きなどで引用されていた歌謡曲やミクロマン達の表情は子供達の代弁者。

マッハバロンのエンディングテーマが突き刺さります。

子供達は未熟で悲しみを言葉で表現する術を知らない。

施設で働く大人達も魅力的に描かれていました。登場人物たちは人生の中の全ての季節の役割を担っています(赤ん坊から老人まで)。

春男になんのために生まれてきたかと問われ

芝居染みたとこもなく

お前に会うために生まれてきた

と即答できる足立(春男はピンときてない)。

各章の最後は彼らが暮らす近隣の風景や季節が描かれ物語のロジックが語られることはありません。

これは人生のどの季節にもいない”たろう”の目線。この視点は最新作の”東京ヒゴロ”にも引き継がれていきます。

ルーブルの猫

ルーブル美術館に棲む猫たちと絵に閉じ込められた女の子の話。

精密に描き込まれたルーブル美術館が美しい。安野光雅の”旅の絵本”を思い出しました。

ヨーロッパの街道を旅する旅人を遠景で描いた絵本の人気シリーズ。旅人の心象は見るものに委ねられます。

松本先生の近年の作品も読む側のウエイトが大きくなっていくように思います。

さて、この作品 初見の時少し違和感があったのですが奥さん(冬野さほさん)との共作とあり納得。

女性目線で描かれた物語だったんですね。死生観が男女で違うので当たり前ですが。

キーとなる絵画 “アモルの葬列”。豪華にも見開きのカラー印刷で掲載されています。(ちゃんと”ゆきの子”も描かれています)

絵の中に永遠の世界があるのは古くからあるイメージで不死への願望でもあるんでしょうか?(絵の題材は死なんですけど)

主人公の雄猫は絵の中にとどまることを良しとせず女の子もわかっていたかのように止めようとはしません。

奥さんの作家性があらわれた作品ですが雄猫は女性のもつ男性観だし松本先生の投影もあるかもですね。

東京ヒゴロ

漫画編集者を描いた最新作。松本大洋は作家性のある漫画家なので身近なものが作品のテーマになるのは満を持してといった心境でしょうか?

編集者を題材にした漫画他にもあって”重版出来”や冒頭で挙げた土田世紀先生の”編集王”など傑作揃い(編集王のマンボ先生の回は何回読んでも泣ける)。

未完なので多くは語れませんが主人公の”塩澤”はSunnyの静のDNAを受け継ぐような実直で熱意も内に秘めたキャラクター。

塩澤が飼っている喋る文鳥も気になる。

松本作品の魅力

昔コミックCUEのドラえもんトリビュート号で松本先生も寄稿されていたんですがこれがぶっ飛んでて最高でした。(この号たしか持ってたんで発掘調査中)

てゆうかコミックCUEいい雑誌だったよね。

くだんの松本版ドラえもんは精密に描かれたただの猫でした(耳はない)。

松本作品の魅力は絵ですね。どの漫画もそう言えますが近作のカラー原稿は本当に美しいしユーモアもあって好きです。

初めて見た、ぶっ飛んでるな

先生の描く昭和の風景はリサーチもしっかりされてて作品にリアリティをもたらしています。

ノスタルジーがエンタメになる場合は贔屓目で見てしまいがちになるので気をつけるようにしていますし厳しい目でもみています。

松本作品では全くスキがなくアドリブっぽい線でもこれしかないって感じでプロは命がけでやってるのがわかります。

作品に繰り返し登場するキャラクターも魅力があります。誠実なキャラクターではクロや静や塩澤(イメージカラーは黒)。天真爛漫なキャラクターではマトリョシカやシロ 春男(こちらは白)。

物語の主役の多くは子供たちでそれを見守る大人たちや老人にも未熟な面が描かれ愛すべき存在(星の子学園の園長先生はできた人でした)。

まとめ

松本大洋の新作が読めるのは幸せなことです。